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<1996年4月>
“ラクーンシティ”アメリカ中西部に位置し、近年企業の介入によって急激な都市化を行ったこの街は、その代償として今までは考えられなかった都市型テロや、多様化する犯罪にさらされていた。従来の警察組織では対処しきれなくなったラクーン市警は、その対応として「特殊戦術および救助を目的とする部隊」S.T.A.R.S.(SpecialTactics And Rescue Service)を設立、各方面よりエキスパートを募ることとなった。その際トレーナーとして招かれたのが、サンフランシスコ市警で長年SWATを経験し、現在は市の郊外でカスタムガンショップ「KENDO」を営んでいる“ジョウ・ケンド”であった。
<1997年12月>
トレーナーとしての契約期間を満了し、サンフランシスコで再びガンスミスとしての生活を送っていたケンドの元に、ラクーン市警からS.T.A.R.S.専用の、カスタムガン製作の依頼が入った。製作にあたっての条件は次のとおりであった。
(1)使用弾薬......警察機関で一般的な、9mmパラベラム(9×19mm)を使用すること。なお弾薬の携行や調達を考慮し、SMG(サブマシンガン)と共通の強装弾が使用可能な耐久性を有すること。
(2)装弾数..........弾倉内に13発以上装弾可能なこと。
(3)サイト..........耐久性を考慮した固定タイプで、近距離戦闘における素早いサイティングが可能な様に、3ドットタイプとすること。
(4)命中精度......25ヤード(23m)で2インチ(5cm)以下であること。尚、3,000発撃った後も同等の命中精度を有していること。
(5)ファンクション.....様々なシチュエーションからの射撃を考慮し、トリガーアクションはダブルアクションとする。また左右どちらからでも操作可能なように、アンビタイプのセイフティーとする。
(6)重量..............長期間の作戦行動での携行を考慮して、弾薬を除く本体重量は35オンス(1,000グラム)以下とすること。
市販パーツを組み合わせただけでは、この条件は到底クリアできるものではなく、1挺ずつ、構成される全てのパーツ同士の折り合いをつけながら、作業を進めていかなくてはならないが、そんな仕事のできるガンスミスは世界にもそう多くはない。ジョウ・ケンドはそんな厳しい条件に対し、とまどうどころか逆に興奮を覚えていた。
<1998年2月>
ラクーンポリス所長ブライアンのデスクには、3つのガンケースが並んでいた。1つはもちろん、ジョウ・ケンドの手によるカスタムガンを納めた、カスタムショップケンドのアルミケース。2つ目はアンブレラのロゴの入ったプラスティックケース。そして3つ目は、ジョウと同じカスタムショップケンドのアルミケースであった。これには、ラクーンシティでガンショップを開いている、ジョウの弟、ロバート・ケンドの持ち込んだカスタムガンが納められていた。ロバートは友人のバリーから、今回のトライアルの話を聞き、このカスタムガンを仕上げてきたのだが、バリーの要望をそのまま形にしたそのガンは、トライアル条件から完全に逸脱しており、実質的にジョウ・ケンドとアンブレラ社との対決となった。
トライアルテストの担当にはS.T.A.R.S.イチの射撃技術を誇る“クリス・レッドフィールド”が選ばれた。射撃競技で数多くのタイトルを持つ彼は、実戦においても十分な経験を積んでおり、テスト担当として彼以上の適任者は考えられなかった。
まずは各種弾薬を使っての命中精度テストが行われ、ケンドカスタムは25ヤードで3/4インチ(1.8cm)の成績をたたき出した。続いて4万発以上の実射テスト、海水につけての耐蝕テスト、落下テスト等が行われ、それら全てにおいてもケンドカスタムは最高の成績を収めた。性能的には十分であったが、実際に現場で使用するに当たって、スライドのフロントセレイションの追加とスライドストップの延長を行ってほしいとの要求が出された。
<1998年3月>
トライアルの結果を受け、一部改良されたケンドカスタム・フェイズ2は、アルファチームのクリス・レッドフィールド、ジル・バレンタイン、バリー・バートン、アルバート・ウェスカーの4人によって、テスト運用されることになる。
<1998年6月>
隊員達の手によるテストを終え、十分に満足いく結果が出たことを受けて制式採用が決定される。
S.T.A.R.Sのメダリオンをグリップに入れ、スライドに部隊名の刻印を入れた完成品は、東洋の刀を思わせるスライド側面のラインと、日系人であるジョウ・ケンドにちなんで「SAMURAIEDGE」と名付けられた。そして、残りの8名全員に、このモデルが支給されることとなった。 |